商店街の中にある憩いの場所が文化の発信地
「出町座は上京区と左京区の境目あたりにあり、京都市内で最北のシアターです。左京区にはかつて京一会館という映画館がありましたが、1989年に閉館。興味のある人は映画館が遠くても観に行きますが、通う習慣がない人はなかなか。また、映画は2時間近くあり、それが忙しい人には行きにくい理由でもある。ですが、出町座は書店とカフェがあるため、寄ってみたくなる。忙しいからこそ息抜きしたいときがあって、それが映画鑑賞じゃなくて本を眺めるだけ、カフェでお茶するだけでもいい。映画がそのすぐそばにある環境がここにある。気が向いて時間が確保できるなら映画を観ればいい。特に商店街の方はみなさん忙しい。なかなか映画を観る時間が取れないくらいなんですが、年に1回でも来てくれるんです。正月とかお盆とか。それが嬉しい。」
コアな映画ファンを惹きつける独自の編成
出町座では企画上映や、映画監督、評論家を招いてのイベントが開催されます。4月には昨年に逝去した高畑勲監督作品の特集上映が行われました。コアな映画ファンを惹きつける独自の編成が大きな魅力です。
「上映作品の編成は難しくて、偏っても偏らなくてもいけない。
僕の中では3本のラインがあって、1つは新作作品をこのエリアでうちがメイン館として公開するという責任。2つ目はメジャー作品のセカンドラン。これはという創造性や志をメジャーで表現している作品をピックアップします。3つ目はうちが独自に組む高畑監督特集などの特集企画や、アンスティチュ・フランセ、KYOTOGRAPHIE、同志社大学寒梅館など他の文化組織と連携して行う非興行の特別上映。これらのラインがバラバラにならず、お客さんがそのラインを往き来して楽しめるように編み込むことを考えています。
いちいち大上段に掲げたりはしないけれど、アレとコレとソレが有機的に繋がるというタネをまいているような感じで、お客さんにその繋がりを発見してもらえるようにしてます。自分で発見して楽しむという行為の価値はお金に変えられないと思うので。映画は作品ごとに成立していますが、この作り手は過去のあの作品や監督にリスペクトがあるとか、作品は歴史と繋がっていて、作品1つずつの断面を重ねることで多重なレイヤーが見えてくる。スクリーンが2Dの面とするなら、層が重なることで歴史という3D的なパースペクティブを持つようになる。現実の世界でもそうだと思いますが、映画も文化的背景や表現性の根拠、影響関係に思いを馳せることで、すごく思考と体験が豊かになっていきます。
特別上映の企画については、僕自身のアンテナでしかありません。高畑勲監督の特集にしても、僕は監督の作品で育ってきたため、亡くなられた時に走馬灯のように思いが回り、衝動が沸き起こった結果です。」
学生街のシアターとしての使命感
京都大学や同志社大学に近い出町柳。学生街のシアターとしての使命感もあります。
「この近くには大学生の下宿が多く、家を出てすぐ映画が観られる環境です。映画を劇場で観ることで、日常の延長で豊かな時間を持てる。友人と一緒に、または一人で映画を観る体験の大切さ、学生時代に自主的に行動することで掴めるものの大切さを、僕たちは経験してきました。」
だからこそ、この場所が存在し続けることに意味があるとも田中さんは語ってくれました。映画制作の現場と交流が深く、併走するように作り手の熱い思いを観客に届ける、これからも独自のスタンスで、私たちを感動させてくれるに違いありません。
観て欲しい映画
※新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、公開日が異なる場合があります。公式サイトやSNSにてご確認ください
夫を失った世界でどうやって生きるのか
特集上映『パラダイス・ロスト』2020年7月9日(金)まで公開中
詩人と映画監督である福間健二の6作目となる長編作品。心臓発作で夫・慎也を亡くした亜矢子は、原民喜の小説と木下夕爾の詩が好きだった彼と夢の中で会い、残したノートの言葉を読み、ときには夫がまだそばにいると感じるようになる。1年が過ぎ、亜矢子がどうやって希望を取り戻し、どう生きるのかを取り巻く人々にも問いかけていく。
監督・脚本/福間健二 出演/和田光沙、我妻天湖、江藤修平、小原早織、木村文洋/'19日本/tough mama/106分
同級生をいじめて殺した少年が背負うものとは
『許された子どもたち』只今絶賛公開中
実際に起きた複数の少年事件から着想を得て、構想に約8年という月日を費やして完成させた内藤瑛亮監督の渾身作。いじめによって死亡事件を起こした加害少年たちが、無罪に相当する不処分に。罪を犯したにも関わらず許されてしまった少年とその家族、被害者家族の葛藤が交錯する。
監督・脚本/内藤瑛亮 出演/上村侑、黒岩よし、名倉雪乃/'20日本/SPACE SHOWER FILMS/2時間11分
命を食べて命をつなぐ猟師のドキュメンタリー
『僕は猟師になった』2020年8月ロードショー
イノシシやシカをとらえて、さばいて、家族でいただく。京都の街と山の間で猟師として暮らす千松信也さんを追った、700日の密着記録。批判ではなく、「憧憬」が集まったNHKで放送されたドキュメンタリー『ノーナレ けもの道 京都いのちの森』に、300日以上の追加取材分を合わせた完全新生映画版。池松壮亮がナレーションを担当。
監督/川原愛子 出演/千松信也/'20日本/リトルモア、マジックアワー/1時間39分
昭和のアウトローを描く8年ぶりの井筒作品
『無頼』2020年ロードショー
『岸和田少年愚連隊』や『パッチギ!』など、社会のはみ出し者を描き続けてきた井筒監督による8年ぶりの新作。あるヤクザの人生を通して激しく変化し続けた昭和という時代が蘇る。主人公のアウトローを演じるのは、EXILE創成期からのメンバーであり、俳優としても活躍する松本利夫。
監督・脚本/筒井和幸 出演/松本利夫、柳ゆり菜、中村達也、清水伸/'20日本/チッチオフィルム/2時間26分