【滋賀の酒蔵を訪ねる①】[平井商店]/大津
日本一の湖・琵琶湖を中心に平野部が広がり、その周りの山々からの伏流水が今でも多くの酒蔵の仕込み水となっている滋賀。個性豊かな酒蔵と日本酒造りへの思いに注目する。第12回目は穏やかな土地と人が醸し出す竜王のローカリティをそのまま酒にする蒲生郡竜王町の[松瀬酒造]をたずねた。
今年で約25シーズン目の酒造りという[松瀬酒造]の杜氏・石田敬三さん。「大学卒業してすぐここに来てるので、他の仕事も、他の職場も知らないんですよ」と、[松瀬酒造]ひと筋。こちらの製造に入った初めての社員が石田さんだった。
「入社した当時は能登から来た杜氏たちと半年間泊まり込んで酒造りしてました」。
7年ほどして杜氏が引退。石田さんが社員杜氏となった。「当時、僕は能登杜氏組合で最年少の杜氏でした。前杜氏からそのまま職人さんを引き継いだので、僕に変わっても作業自体は問題なかったんですが、いきなり29歳の自分が、年上の職人たちをまとめなあかんって…それが結構大変でしたね」と苦笑いで振り返る。
「松の司」の銘柄で知られる[松瀬酒造]。1860年に創業した歴史ある酒蔵で、現社長は六代目になる。その酒造りのキーワードは“ローカリティ”だ。「この蔵で酒を造っている僕たちと、地域で米を作っている農家の人。その共有している雰囲気、この竜王の地域性を素直にお酒にしようと思ってやっています。僕らは加工業者ですから、この土地の持つローカリティをゆがめず、きれいに出す。僕らの色を付けないことが大切なんです」。
竜王のローカリティとは? と聞くと、「こののんびりした田園風景がすべて。僕は京都の南区で育って、酒蔵とも農業とも縁のない暮らしをしてきました。だから余計に感じるのかもしれません」と石田さん。
この風景から生み出される米は「松の司」の命。使用している酒米は、ほとんどが竜王町の契約農家で栽培されている(2割ほどは兵庫県産を使用)。しかも地域のなかでも、さらに細かい地域性が米には出ると言う。
「品種が同じでも、場所によって味が違うんです。町内には、砂地もあれば粘土もあって、赤土もある。粘土に川の砂がどれくらい混じるかによっても、微妙に米が変わります。そんなことを農家の人は普通に話してるんですよ。それってすごいと思いません?」。その究極のローカリティを味わう酒があると見せてくれたのが、『橋本』『弓削』『山中』『駕輿丁』と入ったラベル。米がとれた竜王町内の地区の名前が入った、土壌別仕込みだ。「酒米はすべて山田錦です。実は酵母や発酵の経過などを揃えているので、出来あがった酒の味は同じです。でも米の中のデンプンが違うので舌触りが違いますよ」。地域にこだわる[松瀬酒造]ならではの一本。米農家への敬意も溢れる酒だ。
酒にローカリティを出すために石田さんが心掛けているのは、「自分を出さないこと」だとも。
「お酒って生活必需品ではなく、そこにプラスαするもの。だからできるだけニュートラルな存在にしたい。その上で自然と出るのがテクニックや個性じゃないかと。今、瞬間的に『こんな酒が飲みたい』と思って造っても、きっとそれは裏目に出ると思うんですよ。お酒には自我を出さない、キャラ付けしないようにしてます」。
こう話す石田さんだが、実は静岡県のある酒に憧れていた時代もあるのだそう。
「会社に入ったときは、『ああいうお酒を造りたい』と思って、『ああした方がいい』『こうした方がいい』なんて考えていました。でもそれは別の酒の方向性なんですよ。憧れの酒に寄せていこうと思ってやっても、むしろどんどん離れていく。その酒からも、自分の好みからも。「松の司」の良さもない。もともと個性ってすでにあるんですよ。ここの土でできる米と、ここから湧く水。だからそれに合う仕立てをするのがいいって今は気づきました」。
試行錯誤を重ねて見えてきた竜王のローカリティ。
その味わいとは‥?
「繊細できれい…とは違いますね。それだと近寄りがたいし、なんかちょっと危ういでしょ。ここは温かみがあって、ふんわりしてて、実体感がある。悪く言えば野暮ったいかもしれない(笑)。でも安心感がある、そんな酒です」。
蔵の周囲に広がる一面の田んぼ。地域の土と水で育ち、風と太陽を受けた稲は、穏やかに時間が過ぎるこの地のローカリティそのもの。秋になればそれを農家から石田さんたちが引き継いで、素直に酒にする。それが「松の司」の酒造りなのだ。
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