【滋賀の酒蔵を訪ねる①】[平井商店]/大津
日本一の湖・琵琶湖を中心に平野部が広がり、その周りの山々からの伏流水が今でも多くの酒蔵の仕込み水となっている滋賀。個性豊かな酒蔵と日本酒造りへの思いに注目する。第11回目は、飯米を使い、そしてできるだけ磨かずに米を味わう酒を造り続ける、甲賀市甲賀町にある[望月酒造]をたずねた。
広々とした田園風景を進んだ先にある山の谷間の集落。甲賀市毛枚(もびら)地区で、江戸時代、寛政年間(1789〜1801年)から酒造りを続けるのが[望月酒造]だ。
「年季が入ってるでしょう」と話しながら十一代目当主の望月大輝さんが蔵を案内してくれた。建物と建物を繋げたり、建て増ししたりと、先人たちが工夫して使い続けてきた空間だ。力強く建物を支える梁や柱、むき出しの土壁、そして張り巡らされた電気配線を目にすれば、脈々と受け継がれてきた酒造りに想いを馳せることができる。「いつ建てた建物かは分からないけれど、100年は経っていそうです。そう広くはないので、大きな機械は置けませんから、ほとんど手作業で造っています」と大輝さん。
鈴鹿山系の地下水と、かつて琵琶湖の湖底だったことに由来する粘土質の土地、“ずりんこ”が育む滋賀県産の米。この二つが[望月酒造]の寿々兜(すずかぶと)には欠かせない。なかでもコンセプトに「米の味がする酒」を掲げるほど、米にはこだわりがあり「寿々兜の味わいの柱は米。うちは主に日本晴という飯米を使っています。それもあまり磨かずに。磨いても60%です。ほとんど磨いてない80%の酒もあります」。米を磨けば磨くほど、酒の味わいはすっきりとする。それを敢えてせずに、できるだけ米を残し、その風味を楽しむ酒を追求しているのだ。さらには日本晴を掛け米(醪となる米)に、麹米に酒造好適米の吟吹雪をと二種類の米を使った酒もある。「日本晴の味わいに、吟吹雪の特徴が加わって、ほかの酒とは少し違った味わいが出ますよ」。
大輝さんが酒造りに本格的に携わるようになったのは2013(平成25)年。それまでは50年以上、毎年来ていた能登杜氏がいた。酒蔵を転々とする杜氏が多いなか、珍しいことだ。
「父が子どもの頃から来てくれていた人で、ずっと望月酒造一筋。職人肌だけどとても気さくな方。僕もおやじさんって呼んでいたくらい」。
昔は、酒を仕込む時期になると、杜氏が何十人も蔵人を連れてきて、蔵に寝泊まりしながら酒を造っていた。高校を卒業して家業を手伝うようになった大輝さんにとって、杜氏はまるで家族のような付き合いをしてきた酒造りの師だ。だから高齢化を理由に引退を告げられたとき、別の杜氏を新たに依頼することは考えにくかった。大輝さんの父・長裕さんは蔵元杜氏として酒造りを続ける道を選んだのだ。
「ちょうどその頃、滋賀でも蔵元が杜氏となるケースが増えてきていましたし、新しい杜氏に来てもらって新しい酒を造るより、自分たちの酒を造ろうと父と話し合いました」。
そうして父と二人で仕込んだ最初の酒が、今までで最も印象深い酒だと大輝さんは語る。「杜氏が培ってきたものがありますから、『味がコロッと変わった』と周りに言われるのが怖かった。まったく変わらないということはないんです、作り手の癖がありますから。それはそれで良いと思ってやってるんですが、やはり周囲の反応は気になりましたね」と振り返る。
そしてもう一年、忘れられない年がある。
2020(令和2)年、酒造りが始まる直前に父・長裕さんが急逝してしまう。
その年は酒造りを断念することも頭をよぎったが、大輝さんは「この蔵で造りたい」と酒を造ることを決意した。
「父が亡くなったのは、すでに米も届いている時期でした。他のお蔵さんで造ってもらうこともできたかもしれないけれど、この蔵での伝統を絶やしたくないと強く思って。家族に手伝ってもらい、なんとか酒が完成したときは、本当に肩の荷が下りたとほっとしました。美味しいか美味しくないかというよりも、出来て良かったというのが率直な気持ちでした」。
大輝さんが蔵を受け継いで3年。長裕さんの路線を継承しながら、自分のカラーも出していく。
「食事をしながら酒の芳醇さや甘みを楽しんでもらえる食中酒がうちのメイン。このコンセプトは変えないけれど、もう少しバリエーションを増やしてもいいかなと思っています」。父に相談できないもどかしさや不安はある。だが、それを乗り越えて生まれる大輝さんの酒が、200年以上続くこの蔵に新しい歴史を刻んでいく。
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■滋賀県
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[HANABI] 077-535-8042/滋賀県大津市中央1丁目9-29
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