【滋賀の酒蔵を訪ねる①】[平井商店]/大津
日本一の湖・琵琶湖を中心に平野部が広がり、その周りの山々からの伏流水が今でも多くの酒蔵の仕込み水となっている滋賀。個性豊かな酒蔵と日本酒造りへの思いに注目する。第10回目は、甲賀の“地味”に魅了されてこだわり続ける酒造りをする、甲賀市甲賀町にある[瀬古酒造]をたずねた。
「当時は若いし、いい店なんか行けなくて、美味しい日本酒なんて飲んだことなかった。ウォッカだとか、ジンだとか。ワインが流行り始めたくらいの時期でしたね」と話す[瀬古酒造]代表取締役の上野敏幸さん。
振り返っているのは、初めて[瀬古酒造]のお酒を飲んだ時のことだ。
[瀬古酒造]は上野さんの妻・篤子さんの実家。埼玉県出身で、東京で広告関係の仕事をしていた敏幸さんが、同じく東京で出版社に勤めていた篤子さんと出会ったのは20代の頃。篤子さんの実家で造った日本酒が送られてきて…。「これが日本酒なのって驚きました。まさかその時は造ることになるとは思ってませんでしたけど」。それまで抱いていた日本酒のイメージとは違う味や香りに惹かれつつも、「しばらくは他人事」だったと笑う。
26歳で篤子さんと結婚してからも、二人は東京で暮らし、敏幸さんにとって[瀬古酒造]は、時折訪ねる妻の故郷という存在だった。
[瀬古酒造]があるのは、JR草津線の油日駅の近く。次の柘植駅はもう三重県だ。山と田畑に囲まれ、東京とはあまりに違う環境だが、どこか肌に馴染むものはあったそう。「お正月とかに来るようになってからも、『早く東京に帰りたいな』って思うことはありませんでした。確かに都会とは違いますよ。例えば電車。単線で、一時間に一本しかない。都会にいたらそんなのでどうやって暮らすの?って思うでしょうね。電車なんて時刻表を見てなくても、待ってれば次々に来ますから。でも一時間に一本しかないのなら、時間に合わせればいいだけ。うちは駅前にあるし、全然不便じゃない」。
敏幸さんが本格的に酒造りに関わり始めたのは40代。
体調を崩した先代、つまり義父をサポートする必要が出てきたことから、篤子さんを東京に残して敏幸さんが滋賀に移り住んだ。
「そのころは能登の杜氏さんが蔵人を5〜6人連れて来ていましたから、彼らとのやり取りや受発注、配達を誰かがやらないととなって」。こうして酒蔵で働くことになったが、加えて義父が将来的に杜氏を招くのではなく、自分たちでやっていこうと考えていたこともあり、敏幸さんと社員で酒造りそのものに取り組むことになった。
「最初、僕は杜氏がいないとお酒なんてできないと思っていました。でも、何回か杜氏と一緒に造ってみて、自分たちが造りたいお酒と違うと感じて…。それである時、社員と仕込んでみたら、上手くできたんです。そこからもう20年ほどやってます」。
蔵元杜氏として酒造りを始めるも、東京からやってきた門外漢。今こそ蔵元同士の交流も盛んだが、当時は情報交換するような知り合いもなく、酒造りはほとんど独学だった。「寝れない日が続いて…。温度は大丈夫かなって心配になって何度も夜中にタンクを見に行ったりもしていました」という敏幸さんだが、徐々にその奥深さに魅了されていった。「酒造りは、米と水が酒になる“モノづくり”。やることは毎日ほぼ同じなんです。同じことの繰り返しだけど、出来上がるものが全然違う。それはなぜだろうと考える。これが非常に面白くて。だから、何年たっても、一本目の仕込みはしびれるし、緊張します」。
敏幸さんのこだわりは、甲賀の米と水を使うことだ。「このあたりは、古代には琵琶湖の湖底だったところです。地元では“ずりんこ”と呼ばれているミネラル分の多い粘土質の土壌のお陰で、良質な米ができます。まだすべてを甲賀産とまではできていないのですが、ゆくゆくは甲賀の米だけでお酒を造りたい」。
水も敷地内の地下水を使用。まろやかながらきりっとした鈴鹿山系の伏流水が[瀬古酒造]の酒を引き締めてくれる。とはいえ、甲賀の味も一つではない。
「純米吟醸 忍者 テロワールシリーズ」は、甲賀産の米の違いを酒で楽しむことができる3本だ。「酵母や麹菌、水の割合は同じにして、米だけを変えています。それで味わいがどれだけ変わるか感じてほしい」。
東京から移住し、環境の変化を乗り越えながら、甲賀の米と水が醸す“地味(テロワール)”の魅力を発信する敏幸さん。酒造りの探究は続いている。
「電車に乗ってると田んぼが見えるでしょ。毎年、9月を過ぎたころから、やばい、今年も始まる。米が来る! ってちょっと憂鬱になる」とユ―モアを交えて笑いを誘う。別の場所で生まれ育ち、まったく別の仕事を経験してきた敏幸さんだからこそのセンスが、この明治2(1869)年創業の歴史ある酒蔵に新しい風を吹かせる。甲賀での暮らしも、20年以上になった。取材に訪れたときは大雪で、あたりは一面銀世界。
「ここでの暮らし? 中途半端じゃない田舎なので、星がきれいですよ。でもちょっと最近は、寒さが身に染みるかな」。こんな日は熱燗を片手に、夜空を見上げて春を待つのだろう。
■滋賀県
[小川酒店]077-524-2203/滋賀県大津市浜大津2丁目1-31
[加藤酒店]077-522-4546/滋賀県大津市木下町13-1
[近鉄 草津店]077-564-1111/滋賀県草津市渋川1丁目1-50
■京都府
[西本酒店]0120-240-452/京都府京都市中京区姉小路通西洞院西入ル宮木町480
[浅野日本酒店 京都店]075-748-6641/京都府京都市中京区高宮町576−1
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