まもなく創業70周年を迎える[洋菓子のバイカル 下...
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平安京大内裏南側の中央にあった朱雀門。この門を起点に、平安京のメインストリートであった朱雀大路は都の南端に位置する正門「羅城門」までを結んでいた。
朱雀門跡の石碑
二条駅前にある平安京跡の説明板
どうやら「門」というのは当時の都人に、あの世とこの世の境界と認識されていて、鬼にも好まれていた。その朱雀門に、風変りな鬼が棲んでいた。
『伴大納言繪巻 3巻. 上巻』に描かれる朱雀門(国会図書館デジタルコレクション所蔵)
夕暮れ、平安時代前期の漢学者・紀長谷雄(きの はせお)が朱雀門を通りかかった。と、その時、ひとりの男が立ちはだかった。長谷雄が双六(すごろく)の名人だと知り、ぜひ手合わせをしたいと願う。その申し出に躊躇する長谷雄だったが、「もし私が負ければ絶世の美女を差し上げる。あなたが負ければ全財産をもらい受ける」と男はいう。長谷雄は受けて立つことにし、朱雀門の楼上で双六に興じた。勝負は一進一退、明け方になって、ついに長谷雄が勝利した。
すると男は約束通り、
「では、この女をお連れください。ただし、100日間、けして手をふれてはいけませぬ」
と言い残し、朝の光とともにスウと消えた。
長谷雄の目の前には目の覚めるような美女が控えていた。長谷雄は美女を邸に連れて帰ったが、あまりの美しさに100日待てず、誓いを破ってしまう。と、どうだろう。女の形はみるみる崩れ、水になって流れてしまった。
実は、双六の勝負を挑んだ男の正体は、朱雀門に棲まう鬼だった。溶けた美女は100人の都の女の死体から美しい部分だけを集めて鬼が作ったもので、100日経てば魂が入って人間になれたという。鬼は丹精込めた自信作を壊されて悔しがり、長谷雄は欲望に負けて美女を手に入れ損ねたという話。
もうひとつ、今度は鬼から宝物を手に入れた男の話がある。
月の明るい夜だった。都一の笛の名手として名をはせていた源博雅が朱雀門の前で笛を吹いていると、どこからともなく同じように笛を吹く男が現れた。ざんばら髪でひげ面、異様な風貌の男だが、笛の音色はこの世の者とは思えないほど素晴らしかった。
その夜から何度か朱雀門で笛を合わせるうち、互いの笛を交換することになった。男の笛はあまりに素晴らしく、博雅はつい返しそびれたまま、月日は過ぎた。
時代は下り、博雅亡き後の宮中にこの笛を吹きこなせる者はいなかった。帝は浄蔵という笛の名手がいることを知って吹かせてみると、それは見事な音色を響かせた。そこで帝は、博雅が笛を交換した朱雀門で浄蔵に笛を吹かせてみると、楼上から「素晴らしき音色かな」と声が降ってきた。そして浄蔵は、これが鬼の笛であることを知った。鬼の笛は「葉二(はふたつ)」と名付けられ、宇治の平等院鳳凰堂に収められたという。
『月百姿 朱雀門の月 博雅三位』(国会図書館デジタルコレクション所蔵)
羅城門にも漢詩を好む風流鬼が棲んでいたが、朱雀門の鬼もまた、平安貴族に劣らず風流だった。その鬼たちは美女や名笛を人に渡してもどこか飄々(ひょうひょう)とした感があって憎めない。しかも、どちらの鬼も自ら人間とのコミュニケーションを取りたがっているのだから、興味深い。
ちなみに、「葉二」を見事に吹きこなした浄蔵という人物、前回の記事で紹介した祇園祭山伏山のご神体で、途方もない法力を発揮したという浄蔵と同一人物だった。
参考文献:『京都・伝説散歩』京都新聞社編、その他
京都の街のどこでも存在する伝承。それは単なる絵空事ではなく、この現代にも密やかに息づき、常に人々と共存し続けている。1200年余りの歳月をかけて生み出された、「摩訶」不思議な京都の「異」世界を、月刊誌Leafで以前「京都の魔界探訪」の連載をしていたオフィス・TOのふたりが実際にその地を訪れながら紐解いていく。。