「持たざるものの闘い」をテーマにした『第16回京都...
京都の7月の主役といえば、祇園祭だ。八坂神社の祭礼で日本三大祭のひとつに数えられる。
祇園祭の長刀鉾
この季節、街中は祇園祭一色になるのだが、実はもうひとつ、7月の京都には、陰の主役が存在していた。
それが、夏野菜の代表「きゅうり」である。
夏野菜の代表「きゅうり」
八坂神社の御神紋が「五瓜に唐花(ごかにからはな)」で、きゅうりを輪切りにした時の断面の模様に似ているといわれる。
きゅうりの断面
「御神紋とそっくりなきゅうりを口にするなんて、恐れ多い」と、昔から氏子の人たちは祇園祭が行われる一月の間、きゅうりを食することを封じる慣わしがある。
きゅうりは夏バテに効果があるとされるが、今が旬の時期にあえてきゅうりを封じることで、疫病退散を祈願し、祇園祭が無事に終えられることを願うということは、好きなものを一定期間、断つことで願いを叶えてもらう願掛けの方法のひとつ「断ち物」と同じ理由なのだろう。五瓜の「瓜」は、きゅうりではなく、ウリだともいわれるが……。
ところで、きゅうりが封じられるのは、祇園祭関連だけではない。
京都では、主に土用の丑の日に厄除けの伝統行事として「きゅうり封じ」を行っている寺院がある。
きゅうり封じとは、病魔悪鬼をきゅうりに封じ込めて、無病息災を願う秘儀だ。これは約1200年前、弘法大師空海が唐より伝えた厄除けの秘法で、きゅうりに病を封じ込めて病魔退散を祈願したことに由来するといわれている。昔から夏の盛りは体力が減退し、疲れやすく、病気をしやすい時期と考えられていた。
京都では西賀茂の神光院(じんこういん)や御室の五智山蓮華寺(れんげじ)、鳴滝の三宝寺(さんぼうじ)がきゅうり封じを行っていて、参拝者たちで賑っている。参拝者たちはきゅうりと名前や病名などを用紙に記し、祈祷してもらって霊力を得たきゅうりを家に持ち帰る。そのきゅうりで体の痛い部分や悪い部分を撫でて病を移し、封じ込め、土に埋めて病気平癒を願うというものだ。
きゅうり封じはお寺によって多少の違いがあるようだ。
五智山蓮花寺ではきゅうりを持ち帰った後、3日間、朝と晩に不動明王御真言か弘法大師御宝号のどちらかを唱えながら体の悪い部分をきゅうりで撫でて治癒を願う。4日目の朝、人が踏まない場所にきゅうりを埋めるか、川に流すことで病魔を封じ込めることができるという。埋める所がない人はお寺に持って行ってもよい。
五智山蓮華寺
きゅうりを土に埋めて自然に帰すことで病気も消滅していくといわれているのだ。土の中できゅうりが腐っていくにつれて病が治っていくとか、大部分が水分でできているきゅうりで体の悪いところをさすると、その水分に悪い部分が溶け出すとも考えられていると聞く。
だが、なぜ、きゅうりを身代わりにするのだろう。
きゅうりは水分が多くて腐りやすく早く自然に帰ってくれるということと、この季節はきゅうりが豊富に収穫でき、手に入りやすいということも理由のひとつであったかもしれない。ちなみに、同じ7月に、鹿ヶ谷の安楽寺では、中風にならないように中風まじないの「かぼちゃ供養」なども行われている。
身近な「食」に縁起をかつぎ、願いを託す風習は、先人たちの知恵と日本ならではの食文化のようで興味深い。
京都の街のどこでも存在する伝承。それは単なる絵空事ではなく、この現代にも密やかに息づき、常に人々と共存し続けている。1200年余りの歳月をかけて生み出された、「摩訶」不思議な京都の「異」世界を、月刊誌Leafで以前「京都の魔界探訪」の連載をしていたオフィス・TOのふたりが実際にその地を訪れながら紐解いていく。。