ランチにもディナーにも使える[京都ポルタ]の飲食エ...
昭和50年代後半から平成にかけて、口裂け女やトイレの花子さんなどの都市伝説が日本中を席巻し、社会現象を巻き起こした。その走り的存在で当時、話題騒然となり、今になっても密かに語り継がれる都市伝説が、京都に実存する。「深泥池の幽霊騒動」である。
深泥池
市内を南北に走る鞍馬街道を北へ、北山の住宅街を抜け、宝ヶ池の西側に広がる湿地帯の中央に深泥池はある。周囲1.5Km、面積9haの京都最古の天然池で、氷河期からの動植物群が生き続けているというのだから、驚きだ。池はその名のとおり、泥が数メートル堆積し、足を踏み入れると抜け出せない、底なし沼だといわれる。そして、この池をさらに有名にしたのが、例の都市伝説だった。
深泥池の水深
しょぼしょぼ雨が降る深夜、深泥池の近くで一台のタクシーが雨に濡れた女の乗客を拾った。女は髪が長く、白いワンピースを着ていた。運転手が行き先を尋ねると、うつむいたまま、「山科区上花山××へ」と告げる。
運転手は、おや、と思った。その場所は火葬場しかない。
「こんな夜中に、いったい何の用があるのやろか……」と思いつつ、タクシーを走らせた。
と、その途中、ふとバックミラー越しに後部を覗いた運転手は、ぎくり、とした。ミラーに女の客が映っていない。慌ててタクシーを停めて振り返ると、誰もいない後部座席のシートが、ぐっしょりと濡れていた――。
よく流布されるタイプの都市伝説であるが、この話には続きがあった。
タクシーの運転手が「客の女性を車から落としてしまった」と、真っ青になって近くの交番に駆け込んだという。だが、運転手が言う現場へ駆けつけて捜索したものの、その痕跡や目撃者はなかったそうである。こういう奇妙な出来事が、その後、何度も起こったという。
ライター仲間の一人は、当時、その事件でタクシーの運転手が駆け込んできた交番で、事情聴取をした元巡査からもこの話を聞いているというから、かなり信憑性のある都市伝説といえる。
ところで、この女の乗客の行き先だった上花山の火葬場の北側には、「出る」と囁かれる京都三大トンネルのひとつ、花山洞(トンネル)がある。古くは風葬地・鳥辺野を通り抜ける渋谷街道にあり、江戸時代には道がぬかるんで歩きにくかったことから、「汁谷(しるたに)街道」と呼ばれていた。この名は「死人谷(しびとだに)」から来たともいわれている。
明治になってこの街道に花山トンネル(花山洞)が開通、さらに昭和42年に車の往来を主とした東山トンネルが完成し、以来、車両はそちらを通るようになったことから、現在、花山洞は自転車と歩行者専用トンネルとなっている。
花山トンネルを東山区側から歩いてみた。トンネルで着物の女の幽霊を見たとか、足音だけが後をついてくるとか、さまざまな噂がある。確かに、周辺やトンネルにはそういった噂が生まれても不思議でない雰囲気が漂う。
旧花山トンネル(東山方面)
山科方面には「花山洞」の名前が刻まれている
隣接する東山トンネルは常に車両が行き交っているのに、こちらはすっかり時代の遺物的存在だ。幸い、着物の女にも何モノかの足音にもつけられず、無事、山科区側に出た。ああ、例の深泥池の幽霊騒動の女性客が告げた行き先はこのすぐ南側の上花山だったな、とそちらを眺めようとしたその時、足元に小さな影が踊り出た。
ひっ、と私は声をあげた。
振り返った小さな影は……、なんとも可愛らしいサバトラの猫だった!
火葬場も都市伝説も関係ない、車通りがなくて安全な縄張りをオレ様は確保したのだ、とでもいわんばかりに、猫は、ニャー、と啼いて脇の草むらへ姿を消した。
トンネルを越えてすぐ出会った猫
京都の街のどこでも存在する伝承。それは単なる絵空事ではなく、この現代にも密やかに息づき、常に人々と共存し続けている。1200年余りの歳月をかけて生み出された、「摩訶」不思議な京都の「異」世界を、月刊誌Leafで以前「京都の魔界探訪」の連載をしていたオフィス・TOのふたりが実際にその地を訪れながら紐解いていく。。